PR視点のメルカリ・コーポレート戦略ーーブランドや採用への効果、ネガティブをどう伝えるか(後編)

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写真左から日本経済新聞社の奥平和行編集委員とメルカリ取締役社長の小泉文明さん

前半ではパブリックリレーションズ視点でのメルカリ「バリュー」について整理しました。後半も引き続き、小泉さんのお話をヒントに、PR視点がどこにあったのか紐解いてみたいと思います。

ブランドを作るオープンな情報共有

2015年3月、メルカリは物流大手ヤマト運輸と業務提携を結びます。創業2年のスタートアップとしては異例なのですが、この時の交渉の裏側を小泉さんはこう明かしています。

「日本で勝ち切るために優先順位を考えた。フリマアプリはバリューチェーンの中にロジスティクスが含まれるので、ここを損なうと体験がよくなくなる。だから1年以上かけてヤマト運輸に提案をしていた。

(売上ゼロにも関わらず提案を受け入れてくれた理由について)元々大企業にいたので、当時の上司に紹介してもらいました。ベンチャーは交渉して下から持って行ってもダメなんです。上から行けるルートをしっかり探すべき。また、会うだけじゃダメで、私は当時のヤマト運輸の決算説明会資料を読み込んで、彼らのストラテジーをまず理解した。その上で『B2Cを増やす』という文脈があったので、それに対してメルカリがどう役に立つのかを説明したんです」(小泉さん)。

なるほど、という納得感のあるエピソードです。実はこのカンファレンス全体もそうだったのですが、こういうディティールまで迫るような内容を各所で共有していたんですね。別にコーポレートのノウハウなんて普通に考えれば共有するものではありませんし、穿った見方をすれば競合に塩を送ることになりかねません。

でもそれぐらい専門的かつ内容のある情報を公開することで、正しいターゲットに正しい情報が伝わり、かつ、それを口にして他に伝えたくなるという効果が期待できるのです。カンファレンスの手法は一般的で、例えば金融分野ではマネーフォワード、IoT関連ではソラコムがそれぞれ大規模な定期イベントを持っていたりします。

またもう少し小さい取り組みとして、最近ではSmartHRのコーポレート資料がソーシャル上で話題になっていました。給与テーブルまで開示したもので、同社のオープンな社風、ロジカルな考え方、そしてサービスの急成長ぶりを表現することに成功しています。こういう情報は「マス層」に届くことはありませんが、彼らが期待する新しい社員だったり、ステークホルダーに届けるには十分な方法だと思います。

採用をエンジンにしたPR

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2016年末に実施した海外インターンシッププログラム

メルカリのパブリックリレーションズ活動で忘れてはいけないものに採用があります。特に社員の紹介によるリファラル採用はよく耳にする話題で、数百人規模がこの経路で入社しています。ただこれも結構な積み上げがあったそうです。

「(リファラル採用の取り組みを聞かれて)最初のフェーズは元部下や近場ですね。次のフェーズの前半はエージェントコミュニケーション。勉強会やって母集団を作ったりしました。名前が知れてくるとブランドを意識し始めるので、Wantedlyを使ってブログっぽいことをやったりとか。

リファラルの『フェーズ1』は経営者がやります。1年ぐらいやって社員経由はゼロです。そうこうしてるとリファラル経由の社員が入ってくるので『フェーズ2』に進みます。オウンドメディア作っても、バリューがあるから働き方もそれで説明ができます。これをやらないのに社員に『リファラルだ!』って言っても無理」(小泉さん)。

メルカリのリファラル採用にPR視点が強く影響している件については、以前のこちらの取材で書きました。情報により人が動き、また入ってきた人が人を繋ぐ。こういうエコシステムを経営陣が設計していた様子がよくわかります。

またこれも話題になりましたが、メルカリは2016年末に学生をインターンシップとして米国派遣するプログラムを発表しています。これについて小泉さんは優秀な学生獲得以外にもうひとつ目的があったと明かしています。

<参考記事>

「インターンシッププログラムは通常の会社ではコスト的に非効率です。でも、海外に本気というメッセージを含めたかったんです。実利で目に見える効果と波及の無形価値を考えて設計していました」。

なるほど。言われてみれば確かにあの頃から海外進出の話題が増えました。

ネガティブをどう伝えるか

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メルカリはサービスクローズの後、ソウゾウの新サービス開発を伝える

さて、メルカリのPR視点考察もそろそろ終盤です。最後は「ネガティブ」の扱いについて少し掘ってみます。ちょうど、カンファレンス前後にメルカリでは新サービスのシャットダウンを伝えていました。

「会社のリソースは大切なので、このアプローチ違うなと感じたら撤退は早く判断する。ただ、止めるっていうのはハレーションが起きるので怖いです。時に厳しいコミュニケーションをしないといけない。止める時にはメンバーのメンタルケアもするし、メルカンなどで透明性高く伝えることもやります。この社員が会社に紐付いているのか、それともプロダクトに紐付いているか。会社に貢献したいという思いがあれば次のチャレンジに向かってくれる」。

サービス停止というのは創業者やプロダクトオーナーであれば、なかなか決断できないものです。また、「失敗」という後ろ向きな話題になりがちですので、情報として表に出さず、ひっそりとクローズするという例も多いです。あれ、いつのまにかなくなってた、という。
もちろん影響範囲の大小ありますが、このタイミングでの正しい情報開示が社会や社員との関係をスムーズにしてくれる役割を果たすことがあります。

また別事例ですが、ライブコマースを仕掛けていた「PinQul」が開始9カ月でクローズするという話題がありました。ピボットなどの事案の場合、クローズはひっそりとやって、再オープンの時に取材依頼をするというパターンが多いです。

<参考記事>

しかし、いい時ばかりではなく、悪い時にしっかりとお話をするという姿勢はスタートアップにとって何より大切な「社会からの信頼」を得る上で非常に重要です。実際、私が目にしたソーシャル上での意見はポジティブが多い印象でした。

また、一緒に働いているメンバーとの関係も大切です。プロジェクトを離れて別の道を歩むことになっても、その時にナイスチャレンジをしたチームのメンバーなのか、うやむやに失敗したプロジェクトのワンオブゼムだったのかでは全く見え方が異なります。

ネガティブというのは社会が話を聞きたいタイミングでもあります。当事者にとっては辛い場面かもしれませんが、ここで逃げずにしっかりと社会との関係を作る機会と捉えられるかどうかで次の展開は変わるのではないでしょうか。

最後に

さて長い取材でしたが、メルカリをパブリックリレーションズの視点で紐解くという考察は一旦これで終了です。改めて整理してみると次のポイントが見えてきました。

  • PR視点におけるミッション、バリューの重要性
  • 多彩なツールによる情報網とタイミング構築
  • 発信者(自社、社員、第三者)が話したくなる話題づくり

前半にも書きましたが、パブリックリレーションズの視点はパブリシティやメディアリレーションのような一部機能というより、もうひとつ上の上位概念です。何かひとつの決め手があって実行できるものではなく、経営陣が考え抜いたコーポレート戦略と紐付き、それを社内外に浸透させる「潤滑油」みたいな存在になります。

一本の取材記事でその会社の認知が変化することはありません。もし、そう見える事案があったとしても、それは脈々と積み上げられたその企業の「澱」みたいなものが決壊して噴出した結果です。それがどの方向に向かうかは、経営陣や社員が「社会とどのような関係を構築したいか」という視点を持っているか否かにかかっています。

メルカリの事例が全てのスタートアップに適応できるわけではありませんし、そもそもコーポレートはそれぞれの企業オリジナルのものです。しかし、参考になる点は多々あったと思うので、この数本の記事が次に続く起業家の何かの役に立てば幸いです。